ヨーロッパ食空間探訪④ 〜季節と風景を楽しむ、ウィーンの食空間〜

ウィーンの食文化には、季節や街の風景とともに楽しみ方が変化するものがあります。
その代表的な存在が、ワインを囲んで人々が集う「ホイリゲ」です。
今回はホイリゲを起点に、夏になると街へ広がるテラス席や、季節によって変化するワインの楽しみ方に注目しました。
そこには、料理や器だけではなく、自然や街並み、季節、人々の過ごし方まで含めて食空間を捉える視点があります。
食文化の背景を紐解くことで、器や料理の選び方、空間への取り入れ方にも、さまざまな可能性が見えてきます。
ワインと人が集う、ホイリゲ文化

第2回では、ウィーンの無形文化遺産「カフェハウス文化(Kaffeehauskultur)」の魅力をお伝えしましたが、実は「ホイリゲ( Heurige)」もウィーンに200年以上続く伝統的な食文化として、無形文化遺産に登録されています。
ホイリゲはカフェハウス文化と並んで、長く人々に親しまれてきた食文化のひとつです。

もともと「当年産の新酒」を意味する「ホイリゲ」。
「ホイリゲ」の語源は、ドイツ語で「今年」を意味する “heuer”。
もともとはその年に造られた新酒を指し、現在では新酒を提供するワイン酒場自体を表す言葉として浸透しています。
ウィーンは世界でも珍しい、首都でありながらワインを生産している都市です。
ホイリゲも、ワイナリーに併設されたものから街の中心地にあるものまで様々です。
郊外と中心地ではその雰囲気も異なりますが、木の温もりを感じる内装に、壁面に飾られたアンティーク雑貨など、どこか親しみのあるアットホームな空間が多いのも特徴です。
また、料理の取り入れ方もレストランとは異なります。

ホイリゲでは、サラダやハム、チーズ、ピクルスなどの冷菜をカウンターで選び、その場で注文し、自分でテーブルへ運ぶセルフスタイルがよく見られます。
一方で、シュニッツェルなどの温菜やドリンクは席で注文するのが一般的です。

1人一品を注文して食事を完成させるレストランとは少し異なり、各自食べたいものを選び、ワインを片手にゆっくり過ごしながら、必要に応じて料理を追加していく。
もとより新酒を楽しむためのワイン酒場として、人々が気軽に集い、飲食を楽しんできた場所であることも関係しているのかもしれません。

そして、こうした自由度のある過ごし方は、ホイリゲの食空間にも表れています。
夏には、緑に囲まれたガーデン席やテラス席が開かれ、ワイン畑や木々を眺めながら、屋外で食事や会話を楽しみます。
秋は、収穫の季節。その年の葡萄から生まれた新しいワインを味わいながら、実りの季節を楽しむ人々で賑わいます。
ホイリゲの食空間は、季節とともにその場所や楽しみ方を変え、自然や収穫の風景まで取り込みながら、ワインと食を楽しむ時間をつくっています。
季節とともに広がる、ウィーンの食空間

季節に合わせて食の場所が変化するのは、ホイリゲだけではありません。
ウィーンでは、夏になるとカフェやレストランのテラス席が街に広がります。
その背景にあるのが、「Schanigarten(シャニガルテン)」と呼ばれる、店舗の前の道路や歩道などの公共空間を一定の条件のもとで活用して設けられる屋外の飲食スペースです。
夏の時期には、ウィーンの街並みを特徴づける風景のひとつとなっています。

今回、私たちが訪れた2つの店舗でも、季節によって食事を楽しむ場所そのものが変化していました。
ウィーン中心部にある1704年創業 のRestaurant Ofenlochは、ウィーン旧市街の歴史的な街並みの中にある、伝統的なオーストリア料理を楽しめるレストランです。
こちらのテラスでは、ホイリゲのように自然を取り込むのではなく、石造りの建物や旧市街の街並みそのものを背景として食事を楽しみます。

一歩店内に足を踏み入れると、柔らかなアーチ天井と深みのあるダークウッドのインテリアに包まれた、重厚な空間が広がります。

料理をコースや一品ずつ楽しむだけでなく、ワインとともに前菜や軽い料理を囲みながら過ごすスタイルもあり、気軽にワインと食を楽しむという点では、ホイリゲにも通じるものがあります。

同じくウィーンを代表するカフェのひとつ、1873年創業のCafé Landtmann も、店内だけでなく広いテラス席を備えています。
私たちが朝食で訪れた際には、店内よりもテラスで過ごす人が多く、リンク沿いを行き交う人々や、歴史的な建築が並ぶ街の風景を眺めながら、朝食やカフェの時間を楽しむことができます。
屋内と屋外では見える景色も、聞こえる音も、光の入り方も変わります。
屋内では建築やインテリアに囲まれて過ごす一方、テラスでは街路樹や建物、人の動きまでもが背景になります。
このように、単に「素敵なテラス席」ということではなく、店によって背景となる外の景色の取り入れ方が異なることに注目すると、ウィーンの夏の食空間のポイントが見えてきます。
ホイリゲではブドウ畑や緑に囲まれたガーデン席、Ofenlochでは歴史ある旧市街の風景、Landtmannでは賑わうウィーンの街へ。
それぞれの場所がの背景を取り込むことで、同じ「屋外で食事をする」という体験でも、その土地や店ならではの時間がつくられています。
ワインから見えてくる、季節の食空間

ワインそのものにも、季節ならではの楽しみ方があります。
写真左は「ヴァイサー・シュプリッツァー(Weißer Spritzer)」。白ワインと炭酸水を1:1で合わせるのが基本的なスタイル。
ホイリゲでもレストランでも日常的に親しまれている飲み方で、家庭でも手軽に楽しめます。
同じシュプリッツァーでも、グラスはさまざまです。
ホイリゲでは厚手の取っ手付きグラス、レストランではワイングラスなど、その場の雰囲気に合わせた違いも見られます。
そして、もうひとつが写真右の秋の風物詩、「シュトゥルム(Sturm)」です。
シュトゥルムは、収穫した葡萄の果汁が発酵している途中の飲み物。
濁った赤みのある色合いで、炭酸のような泡が立ち続けるのも特徴です。
発酵が続いているため完全に密閉できず、遠方へ運ぶことには向きませんが、秋の時期にはスーパーでも流通しています。マルシェではラベルのないワインボトルで販売されていたり、店では小さなジョッキグラスで提供されたりします。

暑い時期にはシュプリッツァーを軽やかに、秋にはその年の葡萄から生まれたばかりのシュトゥルムを気軽に味わう。そこには、季節の変化を飲み物からも感じることのできる、ウィーンならではのワイン文化があります。
食空間を考えるとき、食文化の背景への理解が、新しい発想につながることもあります。
今回、食文化を通して見えてきたのは、食空間には、その土地の文化や季節、そこに暮らす人々の過ごし方が自然に表れているということ。
ワインだからワイングラス、という固定的な考え方ではなく、季節や場所、過ごし方に合わせて器や提供スタイルを柔軟に考える。
背景を知ることで、既成概念にとらわれない視点を得ることができ、器や料理の選び方にも広がりが生まれます。
そして、その土地、その季節、その瞬間だからこそ生まれる「時間」までデザインできるのではないでしょうか。

FSPJ認定コーディネーター
後藤 友希(YUKI GOTO)




